突然ですが、日々介護に勤しむ皆様、腰痛の悩みや心配は抱えていませんか?
介護に腰痛はつきもの、と諦めてしまう方も少なくありません。
どうしても身体が資本となるお仕事、頑張りたいのに辛い腰痛を抱えていては気持ちばかりでなくパフォーマンスも低下してしまいますよね。
介護と腰痛は慎重に向き合い、自身の身体にあった腰痛対策が必要になりますが、身体の使い方ひとつでも腰痛は予防できます。
そんな腰痛予防に繋がる介護支援技術のひとつに「ボディメカニクス」の活用があげられます。
介護に携わっている方であれば、なんとなく聞いたことがある、言葉は知っているという方も多いかもしれません。
しかし、文言を知っているだけではなかなか実際の現場で取り入れるのは難しいと思います。
ボディメカニクスの8つの原理をひとつひとつ、活用例と合わせて確認しながら、しっかりと日々の介護に取り入れ、介護者にとっても要介護者にとっても負担の少ない介護技術を身に着けていきましょう!
ボディメカニクスとは
そもそも、ボディメカニクスとはどういったことを言うのでしょうか?
ボディ=「身体」、メカニクス=「力学・仕組み・構造」と訳されます。
つまり、介護者や介護を行う対象となる方お互いの身体の構造や仕組みを活用し、最小限の力でお互いに負担のない介護を行うための介護技術の一つと言えます。
ボディメカニクスの効果
ボディメカニクスを適切に活用できていると、腰痛を予防することができます。
介護職の腰痛は、職業病と言われるほど多く耳にしますが、せっかく日々一生懸命努力していても、腰痛が原因で満足に仕事ができない、最悪の場合介護を続けられないといった事態になってしまいかねません。
同じく介護に理念を持つ介護従事者として、それほど無念で悲しいことはなく、絶対に避けたい事態です。
また、ボディメカニクスを活用することで、腰痛予防だけでなく、身体に負担なく介助を行うことができ、介護する側に負担がないということは、介護される側にとっても負担のない介護を行うことができます。
それらは、介護者と要介護者の信頼関係の構築に繋がり、介護を仕事としたり、大切な人を介護する上で、より長く安全に、より良い介護を追求しながら実践できることに繋がります。
ボディメカニクス8つの原理
では、ボディメカニクスの8つの原理を、順番にひとつずつ確認していきましょう!
是非各項目の活用例を見ながら、実際の介助の場面をイメージしてみてください。
①支持基底面積を広くとる
支持基底面積とは、体重を支えるための床面積のことです。
対象者や物を支える際、両足をしっかりと開き、支持基底面積を広くとることで安定感が生まれ、身体にかかる負担を軽減することができます。
さらに、前後左右に足を開くことで、より安定感を得ることができます。
活用例
- 座位姿勢から立ち上がっていただくとき
- ベッドと車椅子間の移乗介助時
➡両足を肩幅より少し広いくらいに広げ、ベッドから車椅子への移乗介助を行う場合であれば、車椅子に近い方の足を車椅子側へ、もう一方の足を対角線上に一歩後ろへ引くことで、安定して対象者の身体を支えることができる
②重心を低くする
重心とは、物体の重さの中心のことをいい、人間の身体の中心はおへその少し下の辺りになります。
日々様々な身体介護や、要介護者とコミュニケーションをとるなかで、ついかがんでしまうことはありませんか?
かがむという姿勢は腰に大きな負担を与えやすい状態になります。
かがむのではなく、重心を低くする、つまり「腰を落とす」ことをイメージしてみましょう。
腰を落として身体の重心を低くすることで骨盤が安定し、自分の身体にかかる負担を軽減することができます。
①の「支持基底面積を広くとる」と合わせて活用することで、より負担なく対象者や物を支えることができます。
活用例
- 背の低い方と目線を合わせて介助にあたるとき
- 入浴介助で椅子やシャワーチェアに座っている方の洗身介助を行うとき
➡椅子の使用や昇降式ベッドなど、物を使って高さを合わせることができない場合、かがんだ姿勢をとるのではなく、腰を落として目線や身体の位置を合わせる
③重心を近づける
てこの原理にも繋がりますが、物体は重心同士が近ければ近いほど、少ない力で動かすことができます。
つまり、自分の身体の重心と、対象者の重心を近づける、即ち身体を密着させることで、力が伝わりやすくなり、双方にとって安定感が生まれます。
活用例
- 座位姿勢から立ち上がっていただくとき
➡しっかりと腰を落として身体を密着させ、重心を近づけて弧を描きながら立ち上がっていただく
- 体位変換を行う場合やベッド上で身体の位置を動かすとき
➡ベッド上で横になっている対象者の身体に、できる限り自分の身体を近づけ、身体全体を使うことを意識して対象者を動かす
④対象者(対象物)を小さくまとめる
対象者を小さくまとめることで、力の分散を抑え、また摩擦も少なることで余計な力を使用することなく、動かしたり移動させたりすることができます。
活用例
- ベッド上で身体の位置を動かすとき
- ベッドから起き上がるとき
➡手足が広がったままの状態だと、力が分散してしまい摩擦を受ける面積も広くなってしまうため、できる限り身体を小さくまとめ、摩擦を少なくして小さい力で移動する
⑤大きな筋群を使う
介護を行う際、どうしても腕力に頼りがちになってしまいます。しかし、胸や脚、背中など大きな筋群を意識して活用することで、身体全体を使ってバランスよく介助を行うことができます。
例えばジムや自宅で筋トレを行う場合、身体を鍛えながらどの筋肉に効いているかを意識するだけで、筋肉の発達にもたらされる効果は格段に変わると言われています。
介助にあたる際も、今の自分の身体の動かし方では身体のどの部分をよく使っているか、一度意識してみてください。
また、①や②を活用することは、自然と脚や背中など大きな筋群を使うことに繋がります。
活用例
こちらはどんな場面でも活用でき、重要となります。
オムツ交換、移乗介助など、介助を行う場合のみに限らず、ベッドメイキングを行う際など、立ち止まって自身の身体を動かす場合には、いつも大きな筋群を使用することを意識してみましょう。
⑥水平移動を行う
介護を始めたばかりの方や、慣れていない方の介助方法を見させていただくと、無意識に対象者を持ち上げて介助してしまっていることが多く見受けられます。
しかし、持ち上げてしまうと重力に逆らうことになり、どうしても力が必要になってしまい、結果として身体に大きな負担がかかってしまいます。
持ち上げるのではなく、水平移動を行うことで、重力の影響を必要以上に受けることなく、余分な力をかけずに介助を行うことができます。
活用例
- ベッドと車椅子間の移乗介助時
➡最近ではスライディングボード等の活用も推奨されているが、物を用いない場合でも、例えばベッドから車椅子へ移乗する際、ベッドの高さを調節し、少し車椅子よりも高く設定することで、持ち上げることなく水平に移動させることができる
⑦押すより引く
人間の身体の構造上、押すという動作は身体、特に腰への負担がかかりやすくなってしまいます。
他のボディメカニクスの原理と組み合わせながら、引くという動作を意識することで、身体への負担を軽減することができます。
環境上押すか引くかを選ぶことのできる場面では「押すより引く」ということを意識してみてください。
活用例
- ベッド上で対象者の身体を移動するとき
➡体動などにより、ベッドの端に寄ってしまったり身体が斜めになってしまってた対象者の身体をベッドの真ん中に移動させていただく際、寄っている側から押すのではなく、ベッドの反対側に回り、身体を引く
⑧てこの原理を使う
てこには『支点=支える点、力点=力を加える点、作用点=加えた力が働く点』があり、小さな力で大きな物を動かすことのできる原理です。
対象者の身体や対象物をてこに置き換え、支点を軸に身体を動かすことで、余分な力を使うことなく動かすことを意識してみてください。
活用例
- ベッドから起き上がり、端座位になっていただくとき
➡対象者の臀部付近(骨盤の辺り)を支点とし、ベッドから降ろす足を力点として、対象者の頭元が作用点となり、肩の辺りをそっと支えるだけで身体を起こすことができる
ボディメカニクスを活用する際の注意点
複数の原理を組み合わせて活用する
8つあるボディメカニクスの原理のうち、ひとつだけを意識して介助を行ってもうまく活用することはできません。
これらの原理を身体を使ってしっかり理解し、組み合わせて活用することで効果を発揮させることができ、介護者要介護者双方にとって負担なく介助を行うことができるでしょう。
対象者とタイミングを合わせる
このボディメカニクスは、介助時に関わらず、思い荷物を運ぶ際など、静止している物体に対しても活用することができます。
しかし、介助において活用する場合、対象者となるのは大切な人です。
身体を動かす前にしっかり声掛けを行い、反応を見ながらタイミングを合わせて行う必要があります。
また、ボディメカニクスを活用することばかりに捉われ、要介護者の残存機能を低下させてしまうことのないよう注意しましょう。
ボディメカニクスを活用するために、できることはご自身でしっかりと身体を動かし、行っていただけるようなお声掛けを行うことも大切な介護技術のうちのひとつです。
まとめ
- ボディメカニクスを活用することで、腰痛予防が期待できる
- ボディメカニクスを上手く活用できれば、介護者にとってだけでなく、要介護者にとっても負担のない介護を行うことができる
- ボディメカニクスには8つの原理があり、人間の身体の構造や仕組みを理解した上えで、それぞれの原理を組み合わせて活用する必要がある
- ボディメカニクスを活用する場合に限らず、介助にあたる際は、事前にしっかりとお声掛けをし、残存機能を低下させる過剰介護を行ってしまわないよう注意する
ボディメカニクスについてお話してきましたが、様々な状態の要介護者を介護する実際の現場では、これらをいつでも活用できるとは限りません。
例えば、身体の拘縮などにより、「身体を小さくまとめる」ということが困難な場合や、咄嗟に身体を動かす必要のある場合などです。
しかし、日頃から自分の身体の動きや仕組みに注意し、ボディメカニクスを意識して活用することで、自分にとっても介護を行う相手にとっても負担のない介助方法が少しずつ身についていくはずです。
大切なご利用者様や介護を行う必要のある大切な方とできる限り長く関わり、双方にとって負担なく安全に介護を行っていけるよう、ボディメカニクスを実践していきましょう!